「思いやり」というバトン。今日の出来事。

9月末に、入管行政に関する大きな動きや、重要な統計の発表がありました。
本来ならそれらの情報についてお話しすべきところなのですが、今日は千葉県のとある駅で遭遇した出来事について書かせていただきます。

少し遡りますが、先日ギックリ腰を発症しました。言い訳させていただくと、もともと「紙」の資料を持ち歩く習慣のなかった私にとって、行政書士の荷物に占める「紙」の重さは正直かなり堪えます。重い荷物を担いでヒールを履いて駅の階段を上り下りして県内を移動していたところ、負荷に耐えかねて腰が悲鳴をあげました。

駅の階段は、よく言われますが、上りはエスカレータがあっても下りがないところが本当に多いです。今日もとある乗り換え駅でえっちらおっちら階段を下りていたところ、階段下方のホームで「ガーン」という大きな音が2度聞こえたと思ったら、女性が仰向けに倒れていました。

あまりに見事な倒れっぷりに驚いたのと、自分の腰が痛かったので咄嗟に動けずにいたところ、二十代半ばぐらいの女性が躊躇なく駆け寄って行き、間を置かずに学生さんなど若い女性が数名駆け寄り、口々に声をかけ始めました。

ようやく私も階段を降り切って、どなたかのお連れの方ですか?と聞きましたが、誰も違う、とのこと。幸いすぐに意識は戻られて、か細い声で「大丈夫です」と言われていたので、おそらく長時間電車内で座っていて、立ち上がって脳貧血を起こされたものと思われました。
そうこうするうちに、ジャージ姿の大学生ぐらいの女性が駅員さんを呼びにダッシュし、最初に駆け寄った女性は転倒した方が半袖で寒そうだったのでご自分のブルゾンをかけてあげ、私も自分のバッグを枕がわりに頭の下に入れてあげました。
県下の乗換駅でラッシュ時間帯でもなかったのでホームに駅員さんもおらず、数分間待つ間、口々に励ましの言葉をかけ、出血のないことを確認し、「ただの立ちくらみだといいですねぇ」と話し合い、最初に駆け寄った彼女は「私ちょっと会社に電話しますね」とニコっと。

たまたまあの場所に居合わせただけなのに、倒れた方を助けるというただその目的だけのために、自然と連帯感が生まれていました。

東京で電車通勤をしていると、体調が悪くなって倒れる人によく遭遇します。思うのですが、そんなときにいつも躊躇なく倒れた人を助けに動くのは、若い女性です。若い女性→おばさん→男性の順。女性は自分自身も具合が悪くなった経験のある方が多いからなのかもしれません。

やがて、我々に向かって何度も頭を下げながら駅員さんに支えられて歩いていく彼女を見送って、明るく「ありがとうございました!」と口々に言い合いながら、四方八方に散っていった千葉の女子たち。
私の世代は、後に続く女性たちに何も残せてあげなかったという悔悟があり、その思いも、敢えて行政書士という「いばらの道」に踏み出した理由の一つなのですが、どうやら心配せずとも、少なくとも「思いやり」というバトンだけは、間違いなくその次、その次の世代へと受け継がれていたようです。

日本って、つくづくいい国だと思う瞬間でした。

 

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